苦しい時の神頼みではないつもりです

昨日(2016.8.7)は、苦しい時の神頼みではなく、妻から誘われ、家族で寒川神社に行ってきました。

理由は、妻が先日訪れた際に印象がとても良かったことから、家族でお参りに行きたいと、少し前から誘われていたことによるものです。

 

寒川神社

自宅から1時間ほどで、地図では次の場所になります。

噂に名前だけは聞いていましたが、はじめて訪問しました。

神門

妻に誘われて訪問しただけのため詳しいことはわかりませんが、神奈川県では、厄払いに行った鶴岡八幡宮や、厄除けで有名な川崎大師などに並んで有名な神社のようです。

鳥居

ご利益や霊験などはさっぱりわかりませんが、鳥居をくぐった境内は別世界で、マイナスイオンを大量に浴びて、普段とは違う空気に気持ちをリフレッシュできました。

木々に覆われた空

 

特に信心深いつもりもないのですが

夫婦揃って、特に信心深いつもりもないのですが、折に触れ、神社にお参りなどに行っています。

これは苦しい時、困った時に神頼みをするという趣旨ではありません。

もちろん、ご利益があれば嬉しいのですが、その部分よりも、参拝時に自分の気持ちを再整理し、決意を新たにするきっかけにしています。

昨日も「宣言」することを記事にしました。

このお参りも神様への「宣言」に近い形で私は活用しているように思います。

勝手なお願いばかりしても神様に叶えてもらえるとは思えないため、この折に触れた参拝を、神様に向けて宣言する機会にしています。

 

節々で確認する

社会人大学院の春期はなんとか単位を落とさずに乗り切れましたが、結局のところ、この成果も周囲(勤務先の税理士法人や一緒に学ぶ学友など)の理解や協力を得て、達成しているものです。

全くもって独力では達成していません。

ただ、その事実は日々の中では、埋没してしまいがちです。

形はなんでも良いと思うのですが、このお参りのような儀式を通じて、改めて自分自身に問いかけ、確認しないと忘れてしまうもののように感じています。

 

まとめ

というわけで、妻に誘われたこともあり、いろいろ決意を新たにしてきました。

まだまだクリアすべきハードルがありますので、一つ一つ着実にクリアしていきたいと思っています。