ちょうど1年前は税理士試験の試験日

1年前の今日(2015.8.18)、税理士試験の本試験日で、消費税法を受験していました。

今年受験された皆さんはお疲れ様でした。

私はプロフィールなどにも書いている通り、昨年の消費税法を合格できたことから、今年の春からは社会人大学院生として修士論文による税法免除を狙っており、税理士試験は昨年で終わらせました。

 

一つの通過点に過ぎないと感じています

ゴールをどこに置くのかという問題でもありますが、科目合格は通過点に過ぎません。

いま修士論文に取り組んでいますが、これも通過点です。

そして、約2年後に修士論文が審査を通り、税理士登録できたとしても、今後はそれをどのように活用していくのかという視点からすれば、それでも通過点になってしまいます。

 

合格という結果にしか意味はない

財務諸表論と消費税法に2年かかった私が言うのもおこがましいかもしれませんが、普通は何度も試験に落ちて回り道している暇はないのではないでしょうか?

資格取得に限定して言えば、合格という結果以外にはあまり役立たないと考えています。

それは合格によってしか得られないもののために、受験しているはずだからです。

税理士試験においては、税理士登録することによって得られる独占業務ができるようになることと、税理士登録できるだけの能力が自分にあることを示すためのはずです。

 

私はずいぶん回り道しています

私は他人よりも回り道している方だと思っています。

振り返れば、もっと合理的でスマートな方法や行動はいくらでもあったのではないかと考えているからです。

そうは思いつつも、ただの反省や後悔だけではなく、自分自身が納得して前に進むためには必要なステップだったとも考えていますが、それは同時に「周囲に迷惑をかけていること」や「それでもチャンスを与えられていること」も意味しています。

この意味において、回り道をしていることを積極的には肯定できません。

 

もちろん、回り道によって得たものもあります

反面、回り道したことが全く無駄だったとも思っていません。

むしろ、回り道が私に与えている影響でプラスのものもかなりあると考えています。

しかし、これは税理士試験でいえば、3科目合格という事実があってはじめていえることです。

やはり、一定の結果を出さないことには、前に進めない側面があることは否定できません。

 

まとめ

どんな回り道も結果を出せば、基本は肯定されます。

特に試験には合格という絶対的なハードルがあり、そこを超えられるかどうかが全てを決めてしまうといっても過言ではありません。

もし、今回の本試験で反省するところがあったのあれば、鉄は熱いうちに打つべきです。

あまり間をおかずに、回り道をしないで済む方法と真剣に向き合うことが、合格という目標を達成するために必要なことではないでしょうか?