マンション管理組合の「事業者」としての性格について

長らくこのブログを運営してきましたが、PV以外にも、ようやく少しずつ様々な反響や手応えが感じられるようになってきました。

正直、このブログの運営に関しては、平素の税理士法人での勤務、社会人大学院での通学・研究に加え、マンション管理士としての活動もある上での更新であることから、毎日更新を優先しつつも、大きな集客を意識してのキーワード対策やPV増加させるための特別な対応は行ってきませんでした。

もちろん、何の効用も狙っていないわけではありません。

毎日更新するからには、当然、狙いがあります。

ブログという手段・メディアを持つことで、私自身を知ってもらうことが最大の狙いです。

そして、このブログでは、私固有の情報を発信することができます。

その反響の中で、マンション管理組合の組織運営は、事業者に近いことを実感する出来事が増えてきました。

法律的にいえば、元々「事業者」なのですが、実際にマンション管理組合を運営している皆さんの感覚は、「消費者の団体」的だと感じています。

そして、そのギャップに違和感があります。

なお、今日は言葉の性格な定義づけに関しては、法律的なところはともかく、語感としてあいまいなものをテーマとしていることから、厳密な使い方ではなく、イメージ的なものですので、あらかじめご了承願います。

 

管理組合運営も一つの事業

以前から書いている通り、管理組合運営も規模が大きくなるにつれ、その本質は「事業者」に近づくと考えています。

もちろん、管理組合は、「建物を維持管理するための共同事業体」ですので、そこには異論はないと思います。

そして、マンション管理組合のコミュニティ性を否定したいわけでもありません。

それは、マンション管理組合が持つ一つの機能として、とても難しいものでありつつも、とても大切なものだと考えています。

反面、規模が大きくなるにしたがって、管理組合のあつかう資産の規模は大きくなります。

当然、その責任は重くなると考えます。

直近、関東で供給される分譲マンションの管理費・修繕積立金の平均額は月額311円/㎡(管理費206円/㎡、修繕積立金91円/㎡、「マンション管理新聞(第1026号、2017年1月5日)調べ」)でした。

また、平均総戸数は149戸だったことから、専有面積の平均を70㎡と仮定すると、その管理組合の年間収入は、約3,892万円であることがわかります。

これ以外にも、実際には駐車場使用料収入などもあることから、もっと多額の収入を取り扱っているはずです。

さらに、この規模のマンションの大規模修繕工事費は、普通に1億円を超えます。

 

管理組合理事の責任は重くなる傾向にある

また、近年の傾向として、このような事業者の運営を任される管理組合理事の責任は、徐々に重くなっていると感じています。

もちろん、同じ事業者だとしても、報酬を得て、営利を目的する企業を執行する役員と同じという意味ではありません。

ただ、昨年改正された「マンション標準管理規約」において、滞納督促に対する管理組合の義務が明確されています。

したがって、その履行は、その執行機関である理事会の責任といえます。

この他、以前のブログでは言及しませんでしたが、監事の理事会出席が「出席できる規定」から、「出席し、意見を述べなければならない規定」に改正されました。

標準管理規約に準拠したマンションでのみ規定されていることであって、改正前の標準管理規約をもとに作成された規約を持つマンションにまでいえることではありませんが、「標準」的対応としての流れは、この方向にあると考えています。

 

関係法令も厳しくなる傾向がある

直近の法改正で明確にいえることは、個人情報保護法の改正です。

一定の緩和措置はあるものの、5000人以下の適用除外要件がなくなり、個人情報を取り扱うすべての事業者が、もう少しでこの法律の適用を受けることになります。

法律的には、やはり管理組合は「事業者」なのです。

 

個人の集合体であるのか?一定の組織を持つ団体なのか?

建前論はともかく、実態はどうでしょう?

皆さんの中での管理組合の位置付けは、身近なものではなく、どこか遠いものでしょうか?

それとも、終の住処を守るある種の運命共同体でしょうか?

この辺りのイメージが一致しないと、この辺りの議論は、そらぞらしい理想論ばかりとなり、空論となりかねません。

大切なのは将来のイメージ(ビジョン)を共有できることだと考えています。

そのイメージが、個々の区分所有者の集合体に過ぎないのであれば、それはたまたま同じ建物を所有する「共有者」でしかなく、「共同事業者」とはいいがたいでしょう。

しかし、そのイメージの中に、ある種の運命共同体としての性格があるのであれば、そこには一致団結して臨むべき課題や問題を見出すことができるはずです。

そうすれば、マンションを組織化し、共通の目的(ビジョン)に向かって、行動(ミッション)を共にできる余地があるはずです。

すると、自ずと独りで全てを解決することはできませんから、結果として、組織が必要となり、その組織を機能させるように動くことになりますので、一定の組織を持つ団体としての活動になると考えます。

 

ビジョンがおろそかにされやすい

この中で、管理組合が迷走する大きな原因は、危機意識を持つ人と、そうでない人の温度差です。

危機意識がある人にとって当然のことであっても、その他の方にとっては、喫緊の問題や課題ではありません。

目の前の問題や課題でなければ、人はより優先度の高いものに取り組み、マンションの問題や課題は先送りすべきことになるでしょう。

その意味において、ビジョンを共有できることは、とても重要です。

この共通したビジョンを持つことが、管理組合改革の第一歩といえると考えています。

 

まとめ

最近、切り口を変えつつも、この辺りの話を繰り返してしまっていますが、それだけこの問題が重要だと考えています。

法律は、裁判まで行けば、最終的には運営の実態を判断したり、事実認定したりしますが、平素からそのような判断などが行われるわけではなく、一定の要件を満たすことを条件にその判断を単純化しています。

私も分譲マンション管理組合が「事業者か?」とシンプルに聴かれれば、その実態を持つだけの管理組合は、少ないと答えます。

しかし、「そうあるべきか?」と問われれば、「事業者として組織を備えるべき」と答えます。

理由は、今日のブログの通りと考えるためなのです。